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神戸地方裁判所 平成元年(ワ)622号 判決 1993年2月19日

原告

前川敬祐

右訴訟代理人弁護士

宗藤泰而

深草徹

被告

兵庫県

右代表者知事

貝原俊民

右訴訟代理人弁護士

奥村孝

右訴訟復代理人弁護士

中原和之

石丸鐵太郎

右指定代理人

池口寿彦

外四名

主文

一  被告は、原告に対し、金一億二〇〇二万八〇七〇円及びこれに対する昭和六二年六月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その三を原告の、その七を被告の負担とする。

四  この判決の主文第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一億八一五三万〇一六七円及びこれに対する昭和六二年六月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  右1につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者及び関係者

(一) 原告(昭和四六年六月二〇日生)は、後記2の事故(以下「本件事故」という。)が発生した当時、兵庫県立加古川北高等学校(兵庫県加古川市野口町水足字下代所在。以下「加古川北高校」という。)第一学年一二組の生徒として在籍していた。

(二) 被告は、加古川北高校の設置・管理者である。

(三) 訴外遠藤洋一教諭(以下「遠藤教諭」という。)及び同大塚善武教諭(以下「大塚教諭」という。)は、被告の指揮監督に服する公務員であり、いずれも、本件事故当時、加古川北高校保健体育課目担当の教諭であり、原告のクラスとの関係では、大塚教諭が月曜日の授業を、遠藤教諭が水曜日の授業をそれぞれ担当していた。

2  本件事故の発生

(一) 日時 昭和六二年六月二四日午前一〇時五分ころ

(二) 場所 加古川北高校内に設置されたプール(以下「本件プール」という。)

(三) 態様

原告は、遠藤教諭の指導により行われた正規の体育水泳授業(以下「本件授業」という。)において、本件プールのスタート台上から逆飛び込みを繰り返していたところ、その四回目の逆飛び込みによる入水直後、その頭部が本件プールの底部に激突し、その結果、第四・第五頸椎圧迫骨折、頸髄損傷の傷害を受けた。

3  本件プールの構造と原告の体格等

(一) 本件プールは、長さ二五メートルで八コースを有し、そのスタート台の高さは、満水時の水面から0.49メートルあり、同スタート台前面の水深は、満水時で約1.4メートルである。

本件プールの右構造は、高等学校のプールとしては標準的なものである。しかし、最近では、生徒の体位が著しく向上しているから、使用する生徒の体格(身長・体重)や技術の如何によっては、飛び込み時鋭角に入水したためその頭部がプールの底部に衝突する危険がある。

(二) 原告の加古川北高校入学時における体格は、身長一七八センチメートル、体重六四キログラムであり、クラスの中では最も長身の生徒であった。

原告が加古川北高校に入学した昭和六二年四月一日当時の全国の高校一年生の平均身長は167.7センチメートル、平均体重は58.4キログラムであったから、原告の身長、体重は、この平均値をはるかに超えていた。

原告は、兵庫県加古川市立平岡中学校(以下「平岡中学校」という。)を卒業したが、平岡中学校では、生徒数が多かったため、水泳授業は年に数回しかなく、逆飛び込みの指導は全く行われていなかった。

したがって、原告は、加古川北高校に入学して初めて、水泳授業における逆飛び込みを経験したものであった。

4  被告の責任

(一) 逆飛び込みによる事故が発生する危険性

(1) 水泳では、ときには泳者の生命にかかわる重大な事故が発生することがある。特に逆飛び込みにおいて、飛び込み者がプールの水底にその頭部を衝突させて頸椎を損傷するという重大な事故が発生する危険がある。

(2) そして、学校の水泳授業においても、逆飛び込みによる右のような重大な事故が発生する危険があることは、一般によく知られており、学校教師は、次の(イ)、(ロ)の刊行物の記載内容から、逆飛び込みの際に頸椎損傷事故が発生する危険性を十分に認識していたのである。

(イ) 昭和六二年版「学校での事故の事例と防止の留意点」(日本体育・学校健康センター発行)

右刊行物には、次のとおり記載されている。

すなわち、学校管理下の昭和六〇年度事故中、水泳による障害事故は、小学校で二件、中学校で七件、高等学校二件の合計一一件であり、うち九件が逆飛び込みによる事故であって、右事故一一件中には、最も重い第一級の障害を生じたものが七件、第三級の障害を生じたものが一件あり、いずれも逆飛び込みをしたときに、プールの底部に頭部を打ったことによるか又はその際の水圧によるショックのために生じたものである。

右刊行物は、右各事例を踏えたうえで、特に逆飛び込みについては、基本動作を十分に反復練習したうえ、段階を追った練習を指導することが重要であろうとしている。

(ロ) 一九八九年版「学校における水泳事故防止必携」(文部省体育局監修日本体育・学校健康センター編)

右刊行物には、次のとおり記載されている。

すなわち、学校の管理下における児童・生徒の負傷疾病事故中、最も重い第一級の障害を生じた事故は、昭和五三年度から同六二年度の一〇年間に、小学校で二五件、中学校で六三件発生しているが(体育活動以外によるものも含む。)、このうち、体育の授業、特別活動、部活動などの課外指導により行われた水泳での逆飛び込みにより生じたものが、小学校で五件、中学校で二四件を占めている。また、高等学校でも、同じ期間に、第一級の障害を生じた事故中、九件が水泳での逆飛び込みによるものである。そして、これらの水泳での逆飛び込みによる第一級の障害は、いずれも頸椎損傷事故によるものである。

さらに、同書は、「水泳での第一級の重障害事故は、飛び込みでのものである」という見出しで、その具体的事例として、(a)スタート台から頭から鋭角に飛び込んだ場合、(b)飛び込むとき踏み切りが強すぎて垂直に水に入った場合、(c)いつも水面で腹を打つ傾向があるので角度を低くして頭を下げて飛び込んだ場合、(d)えび型飛び込みを行った場合等を紹介している。

なお、同書の一九八四年版(改定前)でも、統計数値が異なるだけで、その余の記載は、飛び込み事例を含めて、全く同じである。

(3) したがって、学校教師は、その生徒の水泳の授業に際して、特に逆飛び込みをさせる場合には、生徒の生命、身体を毀損することが万一にもないように注意して指導すべき高度の安全保持義務を負っているというべきである。

(二) 遠藤及び大塚両教諭の過失

(1) 逆飛び込みの指導に関しては、一般にその留意点として、(イ)スタート台やプールの壁面に両足先を確実にかけ強く蹴る、(ロ)顎を引きしめ、上腕部で頭をはさむようにして、両腕を伸ばし指先から水中に入る、(ハ)入水後、手のひらを返し浮上するなどのことが指摘されている。これらの動作は、水面に対し鋭角に入水し、水中深く潜って頭部が水底に衝突することを防止するための基本動作である。

(2) 大塚及び遠藤両教諭は、生徒に逆飛び込みの練習をさせるには、あらかじめ、頭部が水底に衝突し、頸椎損傷事故が生ずる危険性を具体的に指摘したうえで、これを回避する手段としては前記基本動作をとることが不可欠であることを指導し、これを徹底させなければならなかった。

また、両教諭は、第一学年生徒に対する水泳指導の際、個々の生徒の飛び込みについての技術、習熟度が明らかでないから、まず、低いプールサイドからの飛び込みを開始し、次いで、より高い位置のプール端壁立ち上がり、さらにスタート台から飛び込ませるなどの段階的指導を行い、加えて、練習開始後は、生徒の飛び込みから入水に至る姿勢動作を正確に観察し、生徒の習熟度や技術、体格に応じた個別的指導を行わなければならなかった。

(3) しかるに、遠藤及び大塚両教諭は、原告ら第一学年生徒に対する水泳授業において逆飛び込みをさせるに当たり、前記注意義務に違反して、事前に、原告ら生徒に対し、逆飛び込みによる右頸椎損傷事故の発生の危険性と前記基本動作の重要性について全く説明せず、基本動作の具体的内容をも教示せず、さらに、各生徒に対する段階的、個別的な指導をしないまま、ただ「飛び込め。」と指示しただけで、いきなり同生徒らを順次本件プールのスタート台から飛び込ませていた。

(4) そして、遠藤教諭は、本件授業時も、原告ら生徒に準備運動をさせた後本件プールの第一ないし第四コースの四コースを使用し、背の高い生徒から順にスタート台に立たせて、同教諭の合図により、一斉に逆飛び込みで飛び込ませ、二五メートル泳がせていた。そして、同教諭自身は、その際、スタート台から七ないし八メートル前方のプールサイドから、笛を吹いて右飛び込みの合図をしていただけであった。

原告ら生徒は、右経過の中で、飛び込み入水の際の腹打ちを避けようとして、専ら頭部から急角度で入水する逆飛び込みを繰り返していた。

原告は、その身長がクラスで最も高かったから、最初に逆飛び込みを行い、その後、順番にしたがってこれを三回繰り返したが、三回目の逆飛び込みの際腹打ちをしたため、四回目の逆飛び込みでは、腹打ちを避けたい一心で、頭から入水しようとした。そして、同人は、その回の逆飛び込み時、スタート台を強く蹴って、上方に向かって高く飛んだが、空中でバランスを失い、腰部を屈曲させたまま頭部から急角度で入水してしまい、その結果、本件事故が発生した。

(三) 被告の責任

右一連の主張事実から明らかなとおり、本件事故は、遠藤及び大塚両教諭の過失に基づいて発生したものである。

よって、被告には、国家賠償法一条に基づき、原告の本件事故による損害を賠償する責任がある。

5  原告の本件受傷に対する治療経過及び後遺障害の内容

(一) 原告は、本件事故の結果、前記のとおり第四・第五頸椎圧迫骨折、頸髄損傷の傷害を受けて、次のとおり、入院し、治療を受けた。

(1) 貞光外科

昭和六二年六月二四日、本件事故直後に受診した。

(2) 兵庫県立加古川病院

昭和六二年六月二四日から同年八月一九日まで入院した。

(3) 兵庫県立玉津福祉センター・リハビリテーションセンター附属中央病院(以下「玉津センター」という。)

昭和六二年八月一九日から平成二年一二月一七日まで入院し、治療及び機能回復訓練を受けた。

(4) 原告は、玉津センター退院後、自宅で生活している。

(二) 原告の本件受傷は、平成元年一月一〇日ころ症状固定し、後遺障害が残存した(以下「本件後遺障害」という。)が、その内容は、次のとおりである。

(1) 下肢が完全に麻痺して、立位、歩行は不可能である。

(2) 上肢も不完全麻痺により、肩関節の外転及び肘関節の屈曲は可能であるが、手指の運動は不能である。

(3) 第六頸髄節以下の知覚が鈍麻し、第三胸髄節以下の知覚が脱失している。

(4) 排便、排尿障害がある。

(5) 右各障害の結果、日常生活において常時他人の介護を要する。

6  原告の損害

(一) 入院雑費

金一九〇万九五〇〇円

原告は、本件受傷治療のため、前記のとおり合計一二七三日間入院した。

原告が右入院期間中支出することを要した雑費は、一日当たり金一五〇〇円の割合とするのが相当であり、したがって、右入院期間中の入院雑費の合計は、金一九〇万九五〇〇円となる。

1500(円)××1273

=190万9500(円)

(二) 介護費用

金六五一八万六〇一一円

(1) 介護費用の算定の基準

原告に本件後遺障害が残存すること、その内容は前記のとおりであるが、同人は、そのため、排尿、排便、食事、入浴等の日常生活の動作を独力ですることはできず、終生、家族等による付添看護に依存せざるを得ない。

原告に対する付添看護は、同人の体格等からして著しい労力を要し、その内容は、職業的付添介助人がするのと同等以上である。

したがって、原告に対する介護費用としては、兵庫県看護婦家政婦紹介事業会の標準賃金一日当たり金一万〇八五五円を基準(以下「基準額」という。)に算定するのが相当である(なお、右の標準賃金は、看護補助者の基本給に三時間分の時間外手当を加算して算定されたもので、平成三年五月から実施されている。)。

(2) 平成二年一二月の退院から平成四年一月末までの分

金四二三万三四五〇円

右看護費用のうち、平成二年一二月の退院から平成四年一月末までの一三か月分は、前記基準額金一万〇八五五円を基礎として算定すると、金四二三万三四五〇円となる。

1万0855(円)×30×13

=423万3450(円)

(3) 平成四年二月以降の分

金六〇九五万二五六一円

満二〇歳の男子の平均余命は、平成元年度簡易生命表によれば、56.74年である。

したがって、原告は、平成四年二月の時点で、少なくともその後、満七六歳に達するまでの五六年間、付添看護を受ける必要がある。

そこで、前記基準額金一万〇八五五円を含む右各事実を基礎として、右看護費用のうち、平成四年二月以降の分の現価額を、ライプニッツ計算方式により中間利息を控除して算定すると、金六〇九五万二五六一円となる(ライプニッツ係数は、15.384。円未満四捨五入。以下同じ。)。

1万0855(円)×365×(18.929−3.545)

≒6095万2561(円)

(三) 療養雑費

金四八〇万四一二八円

(1) 原告は、本件後遺障害残存の結果、終生、一日当たり金八〇〇円を下らない紙おむつなどの療養雑費の支出が必要である。

(2) そこで、右療養雑費を算定すると、次のとおりとなる。(なお、計算式は、算定の基礎金額を一日金八〇〇円とするほかは、前記介護費用算定の場合と同じである。)

(イ) 平成二年一二月の退院から平成四年一月末までの分

金三一万二〇〇〇円

800(円)×30×13

=31万2000(円)

(ロ) 平成四年二月以降の分

金四四九万二一二八円

800(円)×365×(18.929−3.545)

=449万2128(円)

(四) 家屋改造費

金一〇〇〇万円

原告に、本件後遺障害が残存する結果、同人が自宅で生活して行くためには、従前の家屋を大幅に改造する必要があったが、従前の家屋の改造は、物理的に困難であり、また、排便による悪臭が近隣にただようことから、不可能であった。

このため、原告の父母は、別の土地に新家屋を建設し、同家屋に、昇降機付きの玄関・出入り口、入浴・排便のために原告を吊り上げて移動させるリフト装置、車椅子でも通行可能な幅を有する廊下などの設備を施し、同家屋の周辺に、原告が車椅子で散歩できるようにした通路を設けた。

右家屋改造費用のうち、本件事故と相当因果関係のある出損は、金一〇〇〇万円を下らない。

(五) 後遺障害による逸失利益

金八三五三万〇五二八円

(1) 原告に本件後遺障害が残存すること、その内容は前記のとおりであるところ、同人は、同後遺障害により、その労働能力を完全に喪失した。

したがって、同人には、本件後遺障害による逸失利益が存在する。

(2) 原告の本件逸失利益の算定は、次の基礎資料によるのが相当である。

(イ) 労働能力喪失率

一〇〇パーセント。

(ロ) 基礎収入

平成二年度賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模別計・男子労働者・学歴計の全年齢平均年収額金五〇六万八六〇〇円。

(ハ) 就労可能年数

満一八歳から満六七歳までの四九年間。

(3) 右各事実を基礎として、原告の本件後遺障害による逸失利益の現価額を、ライプニッツ計算方式により中間利息を控除して算定すると、金八三五三万〇五二八円となる(ライプニッツ係数は、16.480。)。

506万8600(円)×(18.339−1.859)

=8353万0528(円)

(六) 慰謝料 金二五〇〇万円

原告の本件受傷内容、治療期間、本件後遺障害の残存及びその内容等は、前記のとおりであり、原告がこれらにより被った精神的苦痛は多大なものがある。

よって、原告の慰謝料は、金二五〇〇万円が相当である。

(七) 弁護士費用 金一〇〇〇万円

原告は、原告訴訟代理人両名に対し、本件訴訟の提起、遂行を依頼し、日本弁護士連合会の報酬規程にしたがって、金一〇〇〇万円の報酬を支払うことを約束した。

(八) 原告の本件損害の合計額

金二億〇〇四三万〇一六七円

(九) 損害の填補 金一八九〇万円

原告は、特殊法人日本体育・学校健康センターから、同人の本件後遺障害に対する見舞金として、金一八九〇万円の支払いを受けた。

そこで、同人は、右受領金金一八九〇万円を同人の本件損害合計金二億〇〇四三万〇一六七円から控除する。

右控除後における同人の本件損害は、金一億八一五三万〇一六七円となる。

7  よって、原告は、被告に対し、国家賠償法一条に基づき、本件損害金一億八一五三万〇一六七円及びこれに対する本件事故発生日である昭和六二年六月二四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1(当事者及び関係者)の事実は認める。

2(一)  同2(本件事故の発生)の事実のうち、原告が本件事故の際、その頭部を本件プールの底部に激突させたことは不知、その余の事実は認める。

(二)(1)  原告は、本件入水後、スタート台から五メートル前方付近に浮上し、また、頭部にはその際何の傷害も負っていなかった。

仮に、原告が、その主張するとおり、同人の頭部を本件プールの底部で打撲し、頸椎損傷をきたしたのだとすると、別紙図面中Dのように、スタート台の前方約三メートルより手前の水面に着水するはずであるから、スタート台から五メートル前方付近に浮上するということはあり得ない。

(2) また、本件鑑定人武藤芳照著「水泳の医学Ⅱ」(〈書証番号略〉)における逆飛び込みの運動軌跡の実測によれば、飛び込み者の入水角度が約五〇度の場合、その頭頂部の到達深度は、最深でも0.83メートルであるところ、本件プールの水深は1.40メートルであったから、原告の本件飛び込み時における入水角度が相当大きかったとしても、その頭頂部が同プールの底部に達することはなかったと考えるのが相当である。したがって、原告が本件飛び込み入水後同プールの底部で頭部を打ったものとは考え難い。

(3) 結局、原告の本件受傷は、同人が右入水の際に、強い水圧を受けて、同人の頸部に全体重が加わって過屈曲の状態になり、その結果生じたものと推認するのが相当である。

3(一)  同3(本件プールの構造と原告の体格等)の事実のうち、本件プールの構造、原告の体格及び同人の平岡中学校卒業に関する事実は認めるが、原告が同中学校で逆飛び込みの指導を受けなかったことを含むその余の事実はすべて争う。

(二)(1)  原告は、既に小学校のころから逆飛び込みができ、本件事故時までの約六年間、無理なく逆飛び込みをしていたと推認される。

(2) また、平岡中学校では、第一学年生徒に対し、一週当たり三時間ずつ四週間の年間一二時間、第二学年、第三学年生徒に対し、それぞれ年間八時間の水泳授業を予定し、同授業において生徒らに対し、クロール、平泳ぎを重点とし、これに逆飛び込みも加えて指導していた。

そして、同中学校では、毎年九月、全校生徒の参加による水泳大会を開催し、同大会に参加する生徒のうち逆飛び込みができる生徒は、逆飛び込みによるスタートをしていた。

原告も、右中学校在学中同校の右水泳授業を受け、右水泳大会に参加していた。

4  同4(被告の責任)について

(一)(1) 同(一)の事実のうち、原告主張の刊行物の存在と記載内容は認めるが、その余の事実は否認し、その主張は争う。

(2)(イ) 原告は、逆飛び込みの危険性を強調するが、逆飛び込みを失敗したために頸椎、頸髄を損傷する事故が発生する頻度は、次のとおり極めて低い。

すなわち、鑑定人武藤芳照の鑑定結果(以下「本件鑑定の結果」という。)での調査によると、全国の逆飛び込みの失敗による頸椎、頸髄を損傷する事故の発生は、昭和五〇年から同六〇年までの一〇年間で四七例であり、年間では四ないし五例である。これは、全国の児童、生徒数が約二〇〇〇万人であることと対比すると、著しく少ない。

さらに、本件鑑定の結果における体育学校健康センターの統計の紹介によれば、逆飛び込みの失敗による頸椎、頸髄を損傷する事故の発生は、最近の三年間で二一例あるが、いずれも小中学校の児童について生じたもので、高等学校の生徒については生じておらず、兵庫県でも、昭和五三年度から平成二年度までの一三年間、本件事故の他には発生していない。

(ロ) そして、財団法人日本水泳連盟が、逆飛び込みによる頸髄の損傷について、その原因や防止策について検討することを決定したのは、平成四年になってからであり、また、同連盟が新しいプール公認規則で「『飛び込み事故』と水深の関係について」と題して、逆飛び込みによる頸椎、頸髄を損傷する事故の発生を警告したのも、平成四年になってからである。

(二)(1) 同(二)(1)の主張は認める。

(2) 同(二)(2)の主張のうち、大塚及び遠藤両教諭が生徒の逆飛び込みによる頸椎損傷事故を防止するために前記基本動作を指導し、その主張にかかる段階的かつ個別的な指導をすべきであったとする点は争わないが、右頸椎損傷事故発生の危険性を生徒にあらかじめ説明すべきであったとする点は争う。

(イ) 水泳などのいわゆる克服型スポーツは、その危険に脅えないで、より新たな、かつ、高度な技に挑戦するものである。そして、体育授業でこれを教育する場合には、必然的に危険性が伴うこととなるが、このような教育活動は、生徒の成長に不可欠であり、これを実施せずに済ませることはできない。

そこで、学校教師が、このような危険な教育活動を実施する場合には、右教育活動に伴う事故が発生することを防止するために必要な注意をする義務が課せられるのである。

しかし、この場合に、その発生がおよそ予見できない事故まで防止する義務を負うとしたのでは、不可能なことを強いることになって相当ではない。

したがって、学校教師が負う注意義務には、当該教育活動の意義、内容、場所、方法、状況及び生徒の能力などの諸般の事情によって相応の限界がある。

(ロ) 本件においても、大塚及び遠藤両教諭は、右頸椎損傷事故発生の危険性のあることを十分認識したうえで、慎重に授業を進めるべきであるが、授業を受ける生徒らに対しては、右危険を告げる必要はなく、「腰を伸ばせ、遠くへ飛べ、深く潜れ。」などの具体的な指示をすれば足り、極めて稀にしか発生しない事故の危険性を告げて、同生徒らに逆飛び込みに対する恐怖心を植え付け、いたずらに萎縮させるべきではない。

(ハ) さらに、高校生は、小学校及び中学校の水泳授業を通じて、飛び込みの技術を一応習得してきているから、高校生に逆飛び込みを指導する場合に、初歩から段階を追ってその技術を反復させる必要はなく、生徒をして実際に逆飛び込みをさせ、そのフォームを見たうえで、それが適正でなければ矯正する方法をとるほかない。

そして、当該生徒が飛び込んでしまえば、その時点では、事故の発生を回避する手段はないから、高等学校教師としては、逆飛び込みによる頸椎、頸髄の損傷事故の発生を回避する手段はないのである。

(3) 同(二)(3)の事実のうち、大塚及び遠藤両教諭が、原告ら生徒に対し逆飛び込みをさせる前に逆飛び込みによる頸椎損傷事故発生の危険性があることを説明しなかったことは認め、その余の事実は否認し、その主張は争う。

(イ) 高等学校教師である大塚及び遠藤両教諭は、原告ら生徒に対し、それぞれの小、中学校でなされた逆飛び込みの指導を前提として授業を行ったものであり、しかも、個々の生徒に対し、文部省が定めた指導要領に則して、各生徒の能力に応じ、段階的な指導を行ってきたのであって、原告の行う逆飛び込みについては正常のフォームで危険な点はみられなかったのであるから、右教諭らには、本件事故発生につき、過失がない。

(ロ) 加古川北高校における水泳授業の指導内容の詳細は、次のとおりである。

(a) 同校では、体育の教育に当たり、次の四点に留意している。

Ⅰ 安全を最も重視する。

Ⅱ 衛生、安全の管理に十分に注意する。

Ⅲ 生徒の疾病を把握し、指導の前には、生徒の健康状態に注意し、観察する。

Ⅳ 指導は、生徒の能力の現状を把握しながら段階的に進め、その内容が飛躍しないようにする。

(b) そして、同校では、水泳教育の計画において、次の四項目の実現を目標としている。

Ⅰ 中学校で習った各種平体型の技能をさらに高め、より長くより速く泳げるようにさせるとともに、自己の能力を最高度に発揮させるため、強い意思力と体力を身につけさせる。

Ⅱ 個人の能力に応じ、横体型、立体型の泳ぎを含め、発展的に取り扱い、習得させる。

Ⅲ 飛び込みは、中学校で習った逆飛び込みに重点を起き、学習内容の発展として立ち飛び込みを含めて取り扱う。

Ⅳ 技能、知識とともに、事故防止のための心得を理解させ、さらに、これらを日常生活に生かし、健康な生活の維持、増進の一助とする。

同校では、同校第一学年の水泳教育の計画において、次の各項目の実現を目標としている。

Ⅰ 中学校で学習した各種の泳法のうち、クロール、平泳ぎを重点として技術の向上を図り、より一層の泳力を身につけるとともに、体力の向上に役立てる。

Ⅱ 技術の向上、安全に重点を置く。

泳法及び飛び込みについての基本的技術を徹底し、事故防止に役立てる。

(c) 加えて、同校では、右計画実施の際の生徒指導に当たり、次の点を留意している。

Ⅰ 水泳の特性を十分理解し、事故を防止する。

Ⅱ 泳力は個人差があるので、個々に指導助言し、器具を有効に利用し、最終目標に少しでも近づけるようにする。

Ⅲ 生徒の健康状態を十分に把握する。

(d) 同校では、第一学年における水泳授業として、毎年六月上旬から九月上旬までの間に約一〇時間行うことを予定しているところ、各時間の授業内容は、次のとおり段階的である。

一時間目 水馴れ

二時間目 クロール、基本練習、部分練習、器具の利用

三時間目 クロール、飛び込みの練習

四時間目 クロール、総合練習

五時間目 平泳ぎ、基本練習、部分練習、器具の利用

六時間目 平泳ぎ、飛び込みの練習

七時間目 平泳ぎ、総合練習

八時間目 クロール、平泳ぎ、総合練習

九時間目 クロール、平泳ぎ、長距離を泳ぐ

一〇時間目 評価、五〇メートルを二種目で泳ぐ

(ハ) 加古川北高校における昭和六二年度の第一学年一一組・一二組の男子生徒に対する水泳授業は、昭和六二年六月八日から始まったが、右授業開始から本件事故までの指導内容は、次のとおりである。

(a) 第一時間目(昭和六二年六月八日)

水に馴れる

Ⅰ 準備運動

Ⅱ 出欠の点呼

プールサイドにおいて、水泳中ふざけたりせず、真剣かつ意欲的に取り組むように指示。

Ⅲ プールサイドから静かに入水し、自由に泳ぐ。

Ⅳ フォーム練習

壁を蹴ってのフォーム練習。

クロール及び平泳ぎの基本的な手足の動作、呼吸について指示。個々に指導。

Ⅴ 整理体操

(b) 第二時間目(同月一〇日)

ビート板使用によるフォーム練習

Ⅰ 準備運動

Ⅱ 出欠の点呼

ふざけたりせず、真剣かつ意欲的に取り組むように指示。

Ⅲ プールサイドから静かに入水し、自由に泳ぐ。

Ⅳ ビート板によるクロールの練習

バタ足、腕の動作だけで練習。個々に指導。

Ⅴ 逆飛び込みからのクロール総合練習(二五メートル四本)

五メートル先を見て、手を前に伸ばし、スタート台をしっかり蹴って、上ではなく前に飛び、身体を伸ばして飛び込むように指示。

腰を曲げたり、腕や膝をまげて飛び込む者、深く飛び込む者に対しては、個々に指導。

力めば身体が沈み、前進しない。競争ではないのでフォームに気をつけ、リラックスしてのんびり泳ぐように指示。

Ⅵ 整理体操

(c) 第三時間目(同月一五日)

フォーム練習及び心肺機能を高めるための潜水

Ⅰ 準備運動

Ⅱ 出欠点呼

真剣かつ意欲的に取り組むように指示。

Ⅲ プールサイドから静かに入水、自由に泳ぐ。

Ⅳ 逆飛び込みからのクロール総合練習(二五メートル四本)

手を前に伸ばし、頭をはさんで前に飛び、入水したらすぐ頭を起こし、早く浮き上がるように指示。

個々に指導。

身体を伸ばし、リラックスして泳ぐ。入水後、手を前に伸ばし、しっかりかいて泳ぐように指示。

Ⅴ 逆飛び込みからの平泳ぎ総合練習(二五メートル三本)

逆飛び込みフォームについて個々に指導。

足を引き寄せたときに、足首を曲げ、足の裏で蹴るように指示。

Ⅵ 潜水(二本)

壁を蹴って潜水。無理をせず、行けるところまで。

Ⅶ 整理体操

(d) 第四時間目(同月一七日)

ビート板使用によるフォーム練習及び逆飛び込みからの総合練習

Ⅰ 準備運動

Ⅱ 出欠点呼

フォームに気をつけ、のんびり泳ぐ。スタート台を蹴って前に飛び込むように指示。

Ⅲ 身体馴らしとして泳ぐ(二五メートル四本)

最初の二本は、蹴伸びスタート(逆飛び込みではなく、プールサイドを蹴ってスタートする。)。

逆飛び込み、フォームについて個々に指導。

Ⅳ クロール

ビート板を使用し、腕の動作だけで泳ぐ。

Ⅴ 逆飛び込みからのクロール総合練習

逆飛び込み、フォームについて個々に指導。

競争ではないので、フォームに気をつけ、リラックスし、手のかきを強調して泳ぐように指示。

Ⅵ ビート板を使用し、カエル足の練習

Ⅶ 逆飛び込みからの平泳ぎ総合練習

足の蹴りを強調して泳ぐように指示。

逆飛び込み、フォームについて個々に指導。

Ⅷ 整理体操

(e) 第五時間目(同月二二日)

距離を泳ぐ

Ⅰ 準備運動

Ⅱ 出欠点呼

五〇メートル泳ぐのでリラックスして泳ぐ。身体を伸ばし、前に跳んで飛び込むように指示。

Ⅲ プールサイドから静かに入水。自由に泳ぐ。

Ⅳ 五〇メートルクロール三本、平泳ぎ二本

呼吸法、フォームに気をつけ、リラックスして泳ぐように指示。

逆飛び込み、フォームについて個々に指導。

Ⅴ 整理体操

なお、同校担当教諭は、この間を通じて、生徒らに対し、逆飛び込みと泳法を正しいフォームで行わせるように留意し、安全にかつ長い距離を泳げるように、また、生徒らに正しいフォームを身につけさせるため、競争をせず、リラックスしてのびのび泳ぐように、常に指導した。

(4) 同(二)(4)の事実のうち、遠藤教諭が本件事故当日の授業を担当していたこと、同教諭が当日の授業に当たって、加古川北高校第一学年一一組・一二組(原告は前記のとおり一二組に在籍していた。)の生徒に準備運動を行わせ、本件プールの第一ないし第四コースを使用し、背の高い生徒から順に四人ずつスタート台に立たせて、同教諭の合図で一斉に逆飛び込みで飛び込ませたこと、その際、同教諭がスタート台から七ないし八メートル前方のプールサイドに位置していたこと、原告がクラスで最も身長が高かったから、最初に飛び込み、これを三回繰り返したことは認め、その余の事実はすべて争う。

(イ) 本件事故当日(第六時間目)の授業内容は、次のとおり予定されていた。

Ⅰ 準備運動

Ⅱ 出欠点呼

今までの指示を十分に頭に入れ、注意して泳ぐように指示。

Ⅲ プールサイドから入水

Ⅳ 逆飛び込み及び二五メートル四本

身体馴らしのため、逆飛び込みにより入水し、二五メートルを自由な泳法で泳ぐ。

入水及びその後の泳ぎは、四人一組でする。

逆飛び込みのフォームについて指導。

Ⅴ 二五メートルクロール二本

Ⅵ クロール以外の泳法で二五メートル二本

Ⅶ 二五メートルタイムトライアル二本

Ⅷ 整理体操

(ロ) 原告は、前記三本の入水及びその後の泳ぎを終え、四本目も、他の生徒三人とともに、遠藤教諭の合図により、そろって、手を前にして身体を伸ばし、指示されたとおりのフォームで逆飛び込みをして入水した。

原告ら全員の入水角度、位置は、正常であり、そのフォームも危険ではなかった。

(三) 同(三)の主張は争う。

5  同5(原告の本件受傷に対する治療経過及び後遺障害の内容)の事実のうち、(一)の事実(原告の本件受傷に対する治療経過)は認め、(二)の事実(後遺障害の内容)は不知。

6  同6(原告の損害)のうち、(一)ないし(八)の各事実(原告における損害内容)は否認し、その主張は争う。(九)の事実(原告における見舞金の受領)は認める。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1(当事者及び関係者)の事実、同2(本件事故の発生)の事実のうち、本件事故発生の日時、場所、原告が、遠藤教諭の指導により行われた本件授業において、本件プールのスタート台上から逆飛び込みを繰り返していたところ、その四回目の逆飛び込みによる入水直後、第四、第五頸椎圧迫骨折、頸髄損傷の傷害を受けたこと、同3(本件プールの構造と原告の体格等)の事実のうち、本件プールの構造、原告の体格及び同人の平岡中学校卒業に関する事実は、当事者間に争いがない。

二本件事故発生までの経緯及びその状況

1  本件事故発生の状況につき、遠藤教諭が本件授業に当たって加古川北高校第一学年一一組・一二組(原告は、前記のとおり一二組に在籍していた。)の生徒に準備運動を行わせ、本件プールの第一ないし第四コースを使用し、背の高い生徒から順に四人ずつスタート台に立たせ、同教諭の合図で一斉に逆飛び込みで飛び込ませたこと、その際、同教諭がスタート台から七ないし八メートル前方のプールサイドに位置していたこと、原告がクラスで最も背が高かったから、最初に飛び込み、これを三回繰り返したことは、当事者間に争いがない。

2(一)  右当事者間に争いのない事実と、〈書証番号略〉、証人遠藤洋一、同川村芳久の各証言、原告本人尋問の結果(ただし、〈書証番号略〉の記載内容及び証人遠藤洋一の証言内容中、後記信用しない各部分を除く。)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる。

(1) 加古川北高校では、同校体育科教科主任を中心とし同体育科教師が協議して、文部省の高等学校学習指導要領に基づき、各年度毎に同校全学年にわたる保健体育年間計画表を作成し、水泳授業の計画も、その中に組入れられていた。本件事故が発生した昭和六二年度においても、その例に洩れず水泳授業を含む同年間計画表が作成されていたところ、同年度における同校第一学年男子生徒に対する水泳授業は一〇時間と予定されていた。

そして、同校体育科では、右年間計画表に基づき、さらに同校全学年生徒に対する水泳指導計画表(以下「水泳指導計画表」という。)を作成していたが、昭和六二年度における同指導計画表によれば、同年度における同校第一学年生徒に対する水泳授業は、同年六月上旬から七月中旬、九月上旬の約一〇時間とし、飛び込みの練習は、三時間目から行う旨予定されていた。

(2)(イ) 昭和六二年度の同校第一学年男子生徒に対する水泳授業(授業時間五〇分)は、昭和六二年六月八日(一時間目)に開始されたところ、同授業は、遠藤・大塚両教諭の指導の下で、水泳指導計画表の予定にそって進められた。

なお、同校第一学年一一組・一二組の男子生徒は合計四四名であった。

(ロ)(a) 遠藤教諭は、同年六月一〇日、同月一七日の右水泳授業(二時間目と四時間目)を担当したが、同月一〇日の同水泳授業の際、クロールの総合練習において、原告ら生徒に対し本件プールのスタート台から逆飛び込みで入水し、それに続いてクロールで泳ぐ練習を行わせた。

(b) 大塚教諭は、同年六月一五日の右水泳授業(三時間目)を担当したが、同授業において、原告ら生徒に対し逆飛び込み(飛び込みの種類中手を伸ばして頭部の方から水中へ飛び込む方法)を行わせた。

(c) 遠藤・大塚両教諭は、いずれも、原告ら生徒に対し、逆飛び込みの実施に先立っては口頭により、飛び込みに際しては顎を引いて手を伸ばし、手から入水するよう指導するにとどまり、教諭自らが事前に逆飛び込みで本件プール内に入水して見せる指導方法を行わなかった。

ただ、遠藤教諭は、その際、原告ら生徒に対し、自信のない者はスタート台下のプール端壁立ち上がりから飛び込んでも良い旨指示した。

(d) 遠藤教諭は、右水泳授業における逆飛び込みの実施中、スタート台から約八メートル前方のプールサイドに立っていて原告ら生徒に指導し、時折、本件プールの反対側スタート台の所に赴き泳いでくる生徒に注意を与えたりしていた。

(3) 本件事故当日の本件授業(六時間目)は遠藤教諭の担当指導の下で実施されたところ、同授業内容は、ほぼ水泳指導計画表の予定にそって行われ、準備体操、出欠点呼、同授業時に行う授業内容の説明とそれに伴う指示、シャワー、本件プールの第一ないし第四コースを使用(同校第三学年女子生徒の水泳授業が同時間内に行われた関係上、本件プールの第五ないし第八コースは、同女子生徒の授業用に使用された。)して同教諭の吹く笛の合図により生徒四人ずつ二五メートル泳ぐという順序で実施されていった。

(4)(a) 遠藤教諭は、本件授業の開始に際しても、原告ら生徒に対し、顎を引いて手を伸ばし、手から入水するように指示したうえ、前記当事者間に争いのない経緯で同授業を開始し進行させた。

(b) 同教諭は、飛び込んだ生徒ら四人が自分の前を通過すると、続いてスタート台に並んで立っている生徒ら四人に、次の飛び込みの合図をして、飛び込ませていた。したがって、長さ二五メートルの一コース内に三人位の生徒が続いて泳いでいた。

(5) 原告ら生徒の中には、逆飛び込みの上手な生徒も、それが下手な生徒もおり、したがって、同校水泳授業の逆飛び込みの際に腹打ちをする者もあり、これらの者達の間では、同腹打ちを気にし、それを避けることが話題になっていた。訴外川村芳久は原告と同じ同校第一学年一二組に在籍し、同校水泳授業の逆飛び込みの際腹打ちを経験した一人でもあるが、同人も、腹打ちの際の苦痛を避けたいと考えていた。そのうち、同人は、一緒に同水泳授業を受けていた一一組生徒の中に、水泳競技大会における選手のように、上方に飛んで身体を「く」の字型に曲げて飛び込む者がいて同人は腹打ちをしないのを見て、そのようなフォームで頭から飛び込むと腹打ちを避けられると思い、その後、頭部から入水する気持ちで逆飛び込みをするようになった。

しかして、右川村以外にも、右同様のフォームで飛び込みをする生徒がいた。

一方、遠藤教諭は、右フォームで飛び込みをする生徒に対しても、本件授業に参加している全生徒に対しても、同フォームで飛び込むのは危険である旨を説明しなかった。

(6) 原告は、本件授業の前記経緯で行われた三回目の逆飛び込み(同人は、本件プールの第三コースを使用。)でかなり強く腹打ちをしたので、四回目の逆飛び込みのためスタート台に立った時、今度は、腹打ちを避けるために頭から入水しようと考えた。

そこで、同人は、意識的にスタート台を強く蹴って、上方に向かって高く飛び、腰部を屈曲させたまま、頭部から入水した。

ところが、同人の飛び込み姿勢が右のとおりであったため、その入水角度が大きくなり、同人は、右飛び込み開始から右入水までの間、同人の後方で飛び込み順番を待っている生徒らの姿を認め、危険を感じ、とっさに手をつこうとして手を出した。しかし、同人の手は水面で同人の背後にはじかれ、同人は、そのまま頭部から入水してしまった。同人は、次の瞬間、水中で、その首部の神経が切れるような感じを受け、頭部を左右に動かすことができなくなった。

そして、同人は、その後、同人の顔面を水中につけ足を下にしたうつ伏せの形で浮き上ったが、手足は動かなかった。

同人が遠藤教諭から後記救助を受けるまで二〇ないし三〇秒の時が過ぎ、同人は、その間、息を止めていた。

(7) 遠藤教諭は、原告が本件プール第三コースの五メートルライン付近に前記状態で浮いているのを認め、「どないした。早く行かんかい。」と声をかけたが、原告に異常を察知してそのままプールに飛び込み、他の教諭の協力を得て、原告をプールサイドに引き上げて寝かせた。

(8) 原告の意識は、当時、しっかりしており、遠藤教諭に対しては「手足が動かない。」などと、異常に気付いて横にきた前記川村に対しては「頭を打った。」などと話をし、その後、救急車により貞光外科に運ばれた。

なお、原告の頭部には、当時、外傷が認められなかった。

(9) 原告は、その後、同日中に、右病院から兵庫県立加古川病院へ搬送され、同病院整形外科担当医の診察を受けたが、その診療録には、原告が、同日、学校のプールで、1.5メートル位の高さから飛び込み、その時頭部を打撲した旨記載されている。

(二)  右認定に反する、〈書証番号略〉の記載内容部分及び証人遠藤洋一の供述部分は、前掲各証拠と対比してにわかに信用することができず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

三原告の本件受傷の原因

1  原告の本件受傷の具体的内容は、前記のとおり当事者間に争いがなく、本件事故発生までの経緯及びその状況、特に、原告の本件事故発生直前における飛び込みの姿勢、同人が同事故後同人の頭を打ったと述べたことは、前記認定のとおりである。

2  ところで、原告は、同人の本件受傷の原因につき、同人が本件事故直前前記認定の飛び込み姿勢で本件プール内に逆飛び込みで飛び込んだためその直後同人の頭部を同プールの底部に衝突させたことにある旨主張し、被告は、原告の同主張を積極的に争い、原告の同主張の当否が、本件訴訟における争点の一つになっている。

そこで、先ず原告の右主張の当否について判断する(なお、被告のこの点に関する主張に対する判断は、後記のとおりである。)。

(一)  原告の右主張事実に対する直接証拠は、原告本人尋問の結果以外にない。

すなわち、原告本人の、同人が前記飛び込みの姿勢で本件プール内に入水した次の瞬間、同人の頭頂部付近が同プールの底部と衝突した、同人は、これをはっきりと意識していた旨の供述があるのみである。

したがって、原告の右主張事実を肯認できるか否かの直接的根拠は、一に原告本人の右供述部分の信憑力如何にかかっているといえる。

よって、以下、この点について検討する。

(1) 〈書証番号略〉、本件鑑定の結果を総合すると、次の各事実が認められる。

(イ) 逆飛び込みによる事故の大半は、飛び込み者における頭部、頸椎、頸髄の損傷であり、その他に、同人の顔面や口部を損傷して、歯牙障害を生ずる例や、稀には、同人が飛び込みの際に滑って、その腹部や胸部を強打し、内臓を損傷する例もある。

頸椎損傷の場合は、骨傷(骨折、脱臼)を生じ、頸髄損傷を併発して、四肢が麻痺することが多く、その症状は極めて重篤である。水泳の飛び込み事故の症例分析によれば、頸椎の損傷は、中・下位頸椎に生じやすく、特に、第四ないし第六頸椎部の骨傷が多い。中・下位頸椎の損傷では、背柱管と背髄との間の緩衝域が狭いために、椎体破壊が著しかったり、脱臼をした場合の、背髄損傷を併発する頻度が高い。

(ロ) 飛び込む高さや体格による加速が大きければ大きいほど、頸椎の損傷の程度も大きくなる。

したがって、プールで逆飛び込みをする場合には、プールサイド、プール端壁立ち上がり、スタート台と、飛び込む高さが高ければ高いほど、危険が大きくなるし、また、水深や飛び込む高さが同じであっても、体格が大きい者が飛び込む場合には、加速が大きく、入水後の到達点が深くなり、その頭部を水底に衝突させる危険が大きくなる。

さらに、逆飛び込みをする際に、腰部を屈曲させたまま飛び込むと、入水角度が必然的に大きくなり、しかも、身体の重心が下がって頭下がりの回転モーメントが生じ、入水する深度は、大きくなる。

(ハ) 右事故を起こしやすい危険な逆飛び込みの方法としては、次のようなものがある。

(a) 高所からの飛び込み

(b) 蹴りが弱い

(c) 飛び込み角度が下向きである

(d) 両腕が前方に伸びていない

(e) 腰部が屈曲している

(f) 入水点が近い

(g) 入水角度が大きい

(h) 入水後の手首の返しが不充分である

(i) 入水後の到達点が深い

(ニ) なお、頸椎は、逆飛び込みの際に水面に衝突することによって損傷することはない。

これは、スタート台から飛び込んだ場合でも同じである。競泳用プールのスタート台の高さは、高くても0.75メートル以下(本件プールのスタート台の高さが満水時の水面から0.49メートルであることは、前記のとおり当事者間に争いがない。)であり、この高さでは、水面の抵抗だけで頸椎や頸髄が損傷することは殆ど考えられないとみるのが相当である。

蓋し、頸椎(頸髄)損傷のメカニズムにつき、当初は過屈曲あるいは過伸展によると考えられていたが、その後の研究・調査の結果、同メカニズムは、屈曲力・垂直圧迫力・捻転回旋力の三力が複合的に関与するものとするのが最近の考え方だからである。

もっとも、飛び込み者の頸椎や頸髄が水底との衝突なしに損傷したという報告がなされることがある。

その根拠は、頭部や前額部に創傷が見られないこと、受傷した本人が「水底には打っていない。」と陳述したことなどである。

しかし、飛び込み者が、その頭部や前額部を水底で強打しても、創傷が生じないことがあるし、受傷した本人が頭部打撲や精神的衝撃のために逆行性健忘を合併したため、本当に水底に衝突していなかったかを確認できないことが多い。

(2) 〈書証番号略〉、本件鑑定の結果を総合すると、次の各事実が認められる。

(イ) 原告の本件受傷の具体的内容は、同人の第四・第五頸椎の前方上縁を圧迫された骨折及びこれに起因する頸髄損傷である。

なお、第四頸椎よりも第五頸椎の方が圧迫度が強いと推測される。脱臼はない。

(ロ) 原告の右受傷内容は、飛び込み事故による受傷の典型であり、右受傷は、同人の頭部を介して頸椎に、垂直圧迫力・屈曲力・捻転回旋力が複合的に加わり、中でも、垂直圧迫力が最も強く加わり、これに残余の二力が加わって発生したものと推認される。

(3) 本件鑑定の結果は、右認定各事実を総合し、原告の本件受傷は、原告が前記認定の飛び込み姿勢で逆飛び込みを行い、そのため、同人の頭部が本件プールの底部に衝突して発生したと結論している。

(二)  右認定を総合し、これに基づいて、原告本人の、同人は本件逆飛び込みで入水した直後同人の頭部を本件プールの底部に衝突させた旨の供述を検討するとき、同供述内容は、信用に値するというべきである。

よって、原告の前記主張事実はこれによって肯認でき、したがって、同人の本件受傷の原因に関する前記主張もまた、理由があるというべきである。

3  ここで、右認定説示に反する、被告の主たる主張及び証拠について、付加判断する。

(一)  被告は、原告が本件事故直後本件プール内から救助された際同人の頭部に何の傷害もなかった、それ故、同人の頭部は同プールの底部と衝突していない旨主張する。

確かに、原告が、本件事故直後本件プール内から救助された際同人の頭部に外傷が認められなかったことは、前記認定のとおりである。

しかしながら、飛び込みをした者が水底で頭部を強打してもその頭部に創傷が生じない場合があることも前記認定のとおりである。

したがって、被告の右主張の一事をもって、原告の本件受傷の原因に関する前記認定説示を左右することはできない。

(二)  被告はまた、原告が本件事故直前行った本件飛び込みによる着水と同事故直後浮上した距離(スタート台から五メートル前方付近)との関係からすると、同人が同飛び込みによって本件プールの底部と衝突することはあり得ない旨主張する。

確かに、遠藤教諭が本件事故直後原告を発見したとき同人が本件プール第三コースの五メートルライン付近に浮上していたことは、前記認定のとおりである。

しかして、被告の右主張は、原告が本件飛び込みにおいて別紙図面中Dのように飛び込んだことを前提とするところ、同図面そのものは、それ自体から明らかなとおり略図であって、正確な距離数、特に入水角度等の記載がなく、同図面のみから直ちに被告が主張する原告の本件事故直前における着水距離(スタート台の前方約三メートルより手前の水面。以下同じ。)を認めることができないし、原告が同図面中Dのように飛び込んだと認め得る証拠もない。

さらに、原告の本件事故直前における飛び込み姿勢については前記認定のとおりであるところ、新潟大学教育学部高田分校研究紀要第二三号別刷(一九七八年一二月)「水泳事故の検討Ⅱ」土方幹夫執筆(〈書証番号略〉)によれば、飛び込み者〔被験者学生グループ(一八才〜二一才・水泳選手一〇名。)及び成人グループ(水泳指導者及び教員男女一〇名。)〕がスタート台(四〇センチメートル)から飛び込んで、着水角度二〇度のとき着水距離が三メートル付近に至ること、同着水角度が三一度、五四度、六二度、七五度になると、それにつれて着水距離も2.5メートルないし0.5メートルになることが認められ、右認定各事実に照らしても、被告の右主張は、理由がなく採用できない。

加えて、被告の前記主張は、原告が本件事故後発見された前記位置をもって健常な飛び込み者の浮上位置と同一であることを前提にしている。

しかしながら、前記認定にかかる本件プールの本件事故当時の使用状況(同プールの水面が相当波打っていたと推認される。)、原告が本件事故後発見されるまでの時間的経過、原告の身長・体重(一七八センチメートル・六四キログラム。この事実は、当事者間に争いがない。)等の各事実を総合すると、原告の右発見位置をもって健常な飛び込み者が飛び込み後浮上した位置と同一視することはできない。

よって、被告の前記主張は、右前提点においても理由がなく採用できない。

(三)  被告はまた、鑑定人武藤芳照著「水泳の医学Ⅱ」(〈書証番号略〉)における逆飛び込みの運動軌跡の実測、すなわち、飛び込み者の入水角度が約五〇度の場合、その頭頂部の到達深度は、最深でも0.83メートルであるとの記述を根拠に、本件プールの水深は1.40メートルであったから、原告の本件飛び込み時における入水角度が相当大きかったとしても、同人の頭頂部が同プールの底部に達することはなかった旨主張する。

確かに、鑑定人武藤芳照著「水泳の医学Ⅱ」(〈書証番号略〉)には、逆飛び込みの運動軌跡の実測として被告主張の結果が記載されている。

しかしながら、被告が引用する右著書によれば、右実測結果の対象となった被験者は、茨城県下の一般小学生一三名うち女子六名(一般群)と同県の水泳ジュニア強化チーム一五名うち女子六名(ジュニア群)であること、年齢は一般群11.0才(±0.8才)、ジュニア群15.4才(±1.7才)、身長は一般群145.1センチメートル(±7.2センチメートル)、ジュニア群162.8センチメートル(±5.8センチメートル)、体重は一般群36.9キログラム(±六キログラム)、ジュニア群60.0キログラム(±7.1キログラム)であること、右実測の結果は、右一般群について行ったものであることが認められ、右認定事実に照らすと、右被験者と本件事故時における原告とは、その年齢・身長・体重等の条件において異なることは明らかであり、右実測の結果が原告の本件事故の場合にも即妥当するためには、右条件を異にする場合であっても同一結果が生ずる旨の論証を必要とするというべきである。

ところが、被告は、前記主張において右実測の結果が本件事故における原告の場合にも即妥当することを前提としながら、右説示にかかる論証をしない。すなわち、右文書自体に、被告の右前提点が是認できる旨の記載はないし、他にこれを肯認するに足りる的確な証拠もない。

よって、被告の前記主張は、理由がなく採用できない。

(四)  被告の、原告の本件受傷の原因は同人の頭部と本件プールの底部との衝突でない旨の主張にそう証拠として、〈書証番号略〉(証人西善弥作成の陳述書)及び同証人の証言部分とがある。

しかしながら、

(1) 右証人作成の陳述書(〈書証番号略〉)の記載内容は、作成者自身の証言部分の内容とほぼ一致するところ、同証言部分の内容が後記認定説示の理由により採用できない故、右文書の記載内容も、右認定説示と同じ理由で採用できない。

よって、右文書の記載内容も、原告の本件受傷の原因に関する前記認定説示を左右するに至らない。

(2) 右証人自身は、次のとおり供述している。

同人の前記証言部分は、実験結果や研究結果に基づく科学的知見に裏付けられたものでなく、同人が昭和三〇年四月一日から平成四年三月三一日定年退職するまで高等学校・中学校で体育教師として学校現場で生徒の指導に当たり、その間水泳選手として、あるいは各種水泳競技大会の監督・審判として水泳競技に関与し、現に兵庫県水泳連盟理事長に就任している等の経歴から経験的に導き出したものである、したがって、同人は、同人の経験からして、原告が主張する本件受傷の原因はあり得ないと考えている。

同証人の同証言部分は、右供述内容から明らかなとおり、同人の個人的意見の域を出るものではなく、したがって、同証言部分の実質的証拠力をもってしては、前掲各証拠を総合して認めた原告の本件受傷の原因に関する前記認定説示を左右するに至らないというべきである。

(五)  結局、前記認定説示に反する、被告の主たる主張は、いずれも理由がなく、また右認定説示を覆えすに足りる証拠もないと結論される。

四被告の本件責任

1  請求原因1(当事者及び関係者)、同2(本件事故の発生)中原告が本件事故の際その頭部を本件プールの底部に激突させたことを除くその余の事実、同3(本件プールの構造と原告の体格など)中本件プールの構造、原告の体格等は、前記のとおり当事者間に争いがなく、本件事故発生までの経緯及びその状況、原告の本件受傷の原因等は、前記認定のとおりである。

2  そこで、被告の本件責任の存否について判断する。

(一) 原告は、遠藤・大塚両教諭につき本件事故発生に対する過失(以下「本件過失」という。)を主張しているが、遠藤教諭が本件授業を担当し原告ら生徒に対する指導に当たっていたことは、前記のとおり当事者間に争いがない故、まず遠藤教諭の本件過失の存否について判断する。

(1)(イ)  逆飛び込みによる事故が発生する危険性については、前記認定のとおりであり、昭和六二年版「学校での事故の事例と防止の留意点」(日本体育・学校健康センター発行)、一九八九年版「学校における水泳事故防止必携」(文部省体育局監修日本体育・学校健康センター編)の各存在及びその各記載内容、逆飛び込みの指導に関しては、一般的にその留意点として(a)スタート台やプールの壁面に両足先を確実にかけ強く蹴る、(b)顎を引きしめ、上腕を頭ではさむようにして、両腕を伸ばし指先から水中に入る、(c)入水後、手のひらを返して浮上することが指摘されていること、そして、これらの動作は、飛び込み者が水面に対し鋭角に入水し、水中深く潜って頭部が水底に衝突することを防止するための基本動作であること、遠藤教諭が、生徒の逆飛び込みによる頸椎損傷事故を防止するために右基本動作を指導し、まず、低いプールサイドからの飛び込みを開始し、次いで、より高い位置のプール端壁立ち上がり、さらに、スタート台から飛び込ませるなどの階段的指導を行い、加えて、練習開始後は、生徒の飛び込みから入水に至る姿勢・動作を正確に観察し、生徒の習熟度や技術、体格に応じた個別的指導を行わねばならなかったことは、当事者間に争いがない。

(ロ)  〈書証番号略〉、証人遠藤洋一の証言、本件鑑定の結果によれば、次の各事実が認められ、その認定を覆えすに足りる証拠はない。

(a)  訴外財団法人日本水泳連盟は、昭和五七年ころから、水泳指導者に対する研修会や講習会、機関誌を通じて、繰り返し、逆飛び込みによる事故防止を呼びかけ、あるいは、同年に、プール公認規則を改正し、小・中学校の標準競泳プールでも、飛び込み時の事故防止・軽減の見地から、水深を1.00メートル以上とることが望ましい旨規定した。

(b)  遠藤教諭は、高知大学教育学部特設体育科を昭和四六年に卒業し、高等学校保健体育二級と中学校保健体育一級の教員免許を有し、一年間の時間講師を経て、昭和四七年以来本件事故までの間、一貫して高等学校保健体育の教師として勤務してきたものである。

しかして、同人は、右大学における講義においても、高等学校保健体育科教師になってからも、生徒が水泳授業中逆飛び込みをした場合、その飛び込みフォームあるいはプールの水深に基因してプールの底部に頭部を打ち頸椎損傷の傷害を発生させることがある旨聞かされ、知識として有していた。

文部省昭和六一年四月五日初版発行「学校体育実技指導資料第四集水泳指導の手引」(〈書証番号略〉)には、前記当事者間に争いのない逆飛び込みの指導に関する一般的留意点と同旨の記載があるところ、同水泳指導の手引きは、本件事故当時、加古川北高校職員室にも常備されていて、同人も常日頃から、これを水泳授業の参考にしていた。そして、同人は、同水泳指導の手引の同記載内容から、その指摘にかかる各動作が前記当事者間に争いのない飛び込み者の頭部と水底との衝突を防止するための基本動作であることを熟知していた。

(ハ)  当事者間に争いのない前記各事実及び右認定各事実を総合すると、前記認定にかかる逆飛び込みに対する指導は、本件事故当時の教育指導水準にしたがった指導であったと認めるのが相当である。

(2)(イ)  ところで、水泳授業は、他の体育科目の授業と比較して事故が発生しやすく、直接生徒の生命に対する危険をも包含しており、殊に逆飛び込みはその蓋然性が高いため、その指導に当たる教師は一般的に生徒の身体の安全に対し十分な配慮を行い、事故の発生を未然に防止する高度の注意義務を負っているというべきである。

(ロ)  右見地に基づき、遠藤教諭の本件過失の存否を検討する。

加古川北高校の昭和六二年度水泳授業開始から本件水泳授業中の本件事故発生直前までの間における、同校第一学年一一・一二組生徒らの逆飛び込み練習状況、逆飛び込みに対する本件事故当時の教育指導水準にしたがった指導方法等は、前記認定のとおりである。

しかして、右認定事実に基づくと、体育教育の専門職者である遠藤教諭としては、本件授業開始後、同授業の進行の流れの中で原告ら生徒の逆飛び込み方法を十分に観察し、これら生徒の中に危険な逆飛び込みを行う生徒らを散見したならば、同飛び込みによる具体的な危険発生を予見して、個別的指導で足りるか否かを的確に判断し、個別的指導ですまされない場合には、逆飛び込み練習を一時中断させ、改めて、原告ら生徒に正しい逆飛び込み、すなわち逆飛び込みの基本動作の実行を徹底させ、同基本動作に反する飛び込み方法の危険性等を説明して、もって危険な同飛び込みによる事故の発生を回避すべき注意義務を負っていたというべきところ、同教諭は、同注意義務に反し、前記認定にかかる本件授業の具体的進行の流れの中で、原告ら生徒の一部に腹打ちを回避しようとして右危険な逆飛び込みで飛び込む生徒が出始めていたのにこれに気付かず、右説示の判断に至らないまま何ら右説示にかかる措置をとらないで、前記認定の練習を継続したため、本件事故が発生したと認めるのが相当である。

被告が主張し、これにそう〈書証番号略〉、同証人西善弥の証言によって認められる、指導教師が授業を受ける生徒らに対し逆飛び込みによる頸椎損傷事故発生の危険性を告げるのは同生徒らに同飛び込みに対する恐怖心を植え付けいたずらに萎縮させることがあったとしても、同事実は、右説示の結論を左右するに至らない。

蓋し、前記認定の本件事実関係の下では、被告が主張する生徒らの右心理的効果よりも、同生徒らの生命・身体の安全確保の方が優先すると考えるのが相当だからである。

(ハ)  右認定説示から、遠藤教諭には、前記認定の注意義務違反による本件過失の存在を肯認するのが相当である。

そして、遠藤教諭に右過失が肯認される以上、後記認定のとおり被告の本件責任を肯認するのに十分であって、原告が主張する、大塚教諭の本件過失の存否及び遠藤教諭の本件過失内容に関するその余の各主張については、特に判断する必要をみないし、右認定説示に反する被告の主張も、すべて理由がなく採用できない。

(二) 被告が加古川北高校の設立・管理者であり、遠藤教諭が同高校の教諭として被告の指揮監督に服する公務員であることは、当事者間に争いがなく、本件事故の発生原因、遠藤教諭に本件過失が存在することは、前記認定のとおりである。

当事者間に争いのない右各事実及び右認定各事実を総合すると、被告には、国家賠償法一条に基づき、原告が本件事故により被った後記認定の損害を賠償する責任がある。

五1  原告の本件受傷に対する治療経過

(一)  本件受傷内容、次の治療経過は、当事者間に争いがない。

(1) 貞光外科

昭和六二年六月二四日 本件事故直後受診。

(2) 兵庫県立加古川病院

昭和六二年六月二四日から同年八月一九日まで入院。

(3) 玉津センター

昭和六二年八月一九日から平成二年一二月一七日まで入院。

治療及び機能回復訓練を受けた。

(4) 原告は、玉津センター退院後、自宅で生活している。

2  原告の本件後遺障害の内容と現在の症状等

〈書証番号略〉、原告法定代理人(ただし、尋問当時。)前川一夫本人(以下「父一夫」という。)、原告本人の各尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められ、その認定を覆えすに足りる証拠はない。

(一)  原告の本件受傷は、平成元年一月一〇日ころ、症状固定したが、原告には、次のような本件後遺障害が残存した。

(1) 下肢が完全に麻痺して、立位、歩行は不可能である。

(2) 上肢も不完全麻痺により、肩関節の外転及び肘関節の屈曲は可能であるが、手関節の背屈は半減、手指の自動運動は不能である。

(3) 第六頸髄節以下の知覚が鈍麻し、第三胸髄節以下の知覚が脱失している。

(4) 排便、排尿障害がある。

(二)  原告は右各障害のため、日常生活動作について独力で生活することができず、ベッドと車椅子の上にとどまったままで、常時、他人の介護を必要としている。

そして、原告の本件後遺障害が今後大きく回復することは、期待できない。

(三)  原告は、本件事故により加古川北高校に通学できなくなり、昭和六二年八月一日付けで休学し、その後、同校を退学した。

なお、原告は、平成三年四月から、被告が設置した通信制(四年間)の青雲高等学校に在学している。

六原告の本件損害

1  入院雑費

金一五二万七六〇〇円

原告が本件受傷治療のため合計一二七三日間入院したことは、当事者間に争いがない。

弁論の全趣旨によると、原告が右入院期間中入院雑費を支出したことが認められるところ、本件事故と相当因果関係に立つ損害(以下「本件損害」という。)としての入院雑費は、右入院期間中一日当たり金一二〇〇円の割合による合計金一五二万七六〇〇円と認めるのが相当である。

2  介護費用

金四八五九万八三七八円

(一)  原告の本件後遺障害の内容及び同人の現在の生活状況は前記認定のとおりであるところ、右認定事実と父一夫本人、原告本人の各尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められ、その認定を覆えすに足りる証拠はない。

(1) 原告は、排尿、排便、食事、入浴等の日常生活の動作を独力ですることができず、平成二年一二月一七日玉津センターを退院して以後、常時、肉親等の付添看護に依存して生活しており、現在、父一夫(昭和一七年五月六日生)とその妻榮子(同二〇年五月一五日生)らによる介護を受けている。

(2) 原告に対する付添看護は、同人の身体的条件(身長・体重)のため同人の直接介助は勿論、同人を後記認定にかかる改造家屋内における諸設備に乗せてそれを操作するためにも著しい労力を要し、右一夫夫妻にとって、著しい負担となっている。

(3) 右認定各事実を総合すると、原告の右付添看護に要する費用も本件損害と認めるのが相当であり、その金額は、一人につき一日当たり金四五〇〇円の割合と認める。

(二)(1)  右2(一)で認定した各事実及び弁論の全趣旨を総合すると、次のとおり推認するのが相当である。

(イ) 原告の生活は、当面、父一夫夫妻による介護を受けて継続するが、同両名の年齢その他の事情を考慮すると、同両名による看護は、遅くとも、同妻榮子が満六〇歳を過ぎる平成一七年一二月末日の時点でもはや期待できなくなり、その後は、職業的な付添介助人を依頼するほかない。

(ロ) 平成二年簡易生命表によれば、満二〇才の男子の平均余命が56.71歳であるから、原告は右平成一八年の満三五歳(同人が昭和四六年六月二〇日生であることは、当事者間に争いがない。以下同じ。)から満七六歳に達するまでの四一年間にわたって職業的な付添介助人による介護を受ける必要がある。

(2) しかして、原告が職業的付添介助人による介護を受けた場合に要する、本件損害としての介護費用額は、職業的付添介助人の標準賃金をもってその算定基準とするのが相当であるところ、〈書証番号略〉によれば、兵庫県看護婦家政婦紹介事業会の標準賃金額は一日当たり金九八六〇円(ただし、紹介手数料金九九五円を除いた金額。)と認められるから、右介護費用額の算定基準も、同じく一日当たり金九八六〇円と認めるのが相当である。

(三)  右認定各事実を基礎として、原告の本件損害としての介護費用を、次の各期間毎に算定すると、次のとおりとなる。

ただし、(2)以下の介護費用については、ライプニッツ計算方式により中間利息を控除して、その現価額を算定する。

(1) 原告が玉津センターを退院した後の平成三年一月一日から本件口頭弁論終結(平成四年一〇月二七日)後である平成四年一〇月三一日までの二二か月間分

(ただし、介護に当たった前記二名のうち一名分相当額を本件損害と認める。以下同じ。)

金二九七万円

4500(円)×30×22

=297万(円)

(2) 平成四年一一月一日から平成一七年一二月三一日までの一三年二か月分

金一五六八万九四八九円

(ライプニッツ係数は、9.5522。円未満四捨五入。以下同じ。)

4500(円)×365×9.5522

≒1568万9489(円)

(3) 平成一八年一月一日から原告が満七六歳に達するまでの四一年間分

金二九九三万八八八九円

(ライプニッツ係数は、8.3189。)

9860(円)×365×(18.6985−10.3796)

≒2993万8889(円)

(4) 原告の本件介護費用の合計額

金四八五九万八三七八円

297万(円)+1568万9489円+2993万8889円

=4859万8378(円)

3  療養雑費

金三〇〇万三五八一円

(一)(1)  原告の本件後遺障害の具体的内容、同人のそれに基づく日常生活動作上の制約、特に排尿排便の状況は、前記認定のとおりである。

しかして、父一夫本人尋問の結果によると、原告には常時紙おむつが必要であることが認められる。

(2) 右認定各事実を総合すると、原告にはその日常生活上終生紙おむつを必要とし、したがって、右紙おむつ費用及びこれに関連する用品購入費用も、本件損害に当たるというべきである。

(二)(1)  原告が右費用の支出を必要とする期間は、前記認定のとおり平成二年一二月一八日から同人が満七六歳に達するまでの少くとも五七年間と認めるのが相当である。

(2) しかして、原告が主張する本件療養雑費は、紙おむつ費用が主となると認められるところ、同人と同内容及び同程度の後遺障害を有する者が必要とする紙おむつは一日当たり4.5枚程度であること、紙おむつ一枚の単価が金五〇円であることは、当裁判所に顕著な事実である。

右事実に弁論の全趣旨を総合すると、原告の本件療養雑費(右紙おむつ費用とその使用に関連する用品の費用の合計)は、一日当たり金四〇〇円の割合と認めるのが相当である。

(三)  右認定各事実を基礎として、原告の本件療養雑費を算定すると、次のとおりとなる。

なお、(2)の療養雑費については、ライプニッツ計算方式により中間利息を控除してその現価額を算定する。

(1) 平成二年一二月一八日から本件口頭弁論終結後の平成四年一〇月三一日までの六八四日分

金二七万三六〇〇円

(2) 平成四年一一月一日から原告が満七六歳に達するまでの少くとも五六年間分

金二七二万九九八一円

(ライプニッツ係数は、18.6985。)

400(円)×365×18.6985

=272万9981(円)

(四)  原告の本件療養雑費の合計額

金三〇〇万三五八一円

27万3600(円)+272万9981円

=300万3581円

4  家屋改造費

金七〇〇万円

(一)  原告の本件後遺障害の具体的内容、同人の同後遺障害に基づく日常生活動作上の制約等は、前記認定のとおりである。

(二)  〈書証番号略〉、父一夫本人の右供述及び弁論の全趣旨を総合すると次の各事実が認められ、その認定を覆えすに足りる証拠はない。

(1) 原告は、前記玉津センターを退院した後、本件事故当時の建物(以下「従前建物」という。)内で生活しなければならなかった。しかし、同建物の構造は、同人が健常であった当時のままであったから、同人が同退院後、従前の構造のままの同建物内で生活して行くことは全く不可能であり、同建物の構造を、同人の本件後遺障害の具体的内容に即して大幅に改造する必要があった。

ところが、従前建物は、道路面から玄関までの距離が短く、原告が車椅子で昇降できる角度を持った通路を設けることができないし、建物自体及び敷地が面積的にも狭く、増築しても隣家と接近し過ぎ原告の排便の悪臭が近隣にただよい、隣人との間に感情的対立を招き兼ねなかった。

そのような事情にもかかわらず、従前建物の増改築の見積り額は、金一二五九万一〇〇〇円であった。

そこで、父一夫夫妻は、従前建物の建物自体及びその敷地を売却して、他に土地を購入し新建物を建築したうえそこに移住することにした。

(2) 父一夫は、右経緯から、従前建物及びその敷地を売りに出し、同人の実弟の所有地を借受け、同土地上に新建物を建築した(なお、従前建物及びその敷地は、現在のところ未売却であり、新建物の敷地の借受けも、現在のところ無償である。)。

そして、父一夫は、同時に、右新建物の建築に際し、同建物の内外を、原告の今後の生活に適合するように設計設備した。

同設備した個所及びそれに要した費用は、次のとおりである。

(イ) 新建物の建築

金三八〇七万二〇〇〇円

(消費税金一一四万二一六〇円)

ただし、右建物内部に次の各設備をし、同設備費用は、右建物の建築費用中に含まれている。

(a) 玄関に段差昇降機を設定。

(b) 車椅子が通行可能なように廊下の幅を広く(1.20メートル)した。

(c) 原告の部屋内に、風呂と便所を設備。

(ロ) フロアーリフト(玄関と原告の部屋に設備)費用

金七八万七九五〇円

(ハ) 電動ベット(原告の部屋に設備)費用

金五一万〇九九六円

(ニ) 外構(原告の屋外訓練用通路を設備)費用

金三三四万五〇〇〇円

(消費税金一〇万〇三五〇円)

(ホ) 階段昇降機(原告が二階へ昇降するため将来設備予定)費用

金二七二万九五〇〇円

(3) 原告は、現在、新建物に、父一夫夫妻と姉妹の五人家族で生活している。

(三)  右認定各事実を総合すると原告主張の家屋改造(新築)費用も本件損害と認めるのが相当である。

ただ、その具体的金額については、被害者である原告の本件受傷内容、後遺障害の内容・程度を具体的に検討し、他方、損害賠償制度の理念の一つである損害の公平な分担をも考慮して、社会通念上その必要性・相当性の範囲内でこれを認めるのが相当である。

そこで、右見地に則して、前記認定各事実を検討すると、本件損害である家屋改造費用の具体的金額は、前記認定の現実に要した各費用の合計額のうち金七〇〇万円と認めるのが相当である。

5  後遺障害による逸失利益

金八三五三万〇五二八円

(一)  原告が本件事故前健康な高校生であったことは、前記認定から明らかであり、同人の本件後遺障害の具体的内容は、前記認定のとおりであって、右認定各事実を総合すると、原告は終生就労不能であり、就労による収入を得ることはできないというべきである。

したがって、原告には、本件後遺障害による逸失利益の存在が肯認できる。

(二)(1)  原告は、本件後遺障害により労働能力を喪失しているところ、前記認定各事実を主とし、これにいわゆる労働能力喪失率表を参酌すると、その喪失率は一〇〇パーセントと、同人の就労可能年数は、同人が就労可能な一八歳から六七歳までの四九年間と認めるのが相当である。

(2) 原告の右逸失利益算定の基礎収入は、平成元年度(原告一八歳)の賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計・男子労働者の全年齢平均給与額年額金四七九万五三〇〇円とするのが相当である。

(三)  右認定各事実を基礎として、原告の本件後遺障害による逸失利益の現価額を、ライプニッツ計算方式により中間利息を控除して算定すると、金八七一二万四三六七円となる(ライプニッツ係数は、18.1687。)。

479万5300(円)×18.1687

≒8712万4367(円)

しかしながら、原告は、本訴において、本件後遺障害による逸失利益として金八三五三万〇五二八円を主張請求しているので、同金額の範囲内でこれを認める。

6  慰謝料 金二〇〇〇万円

原告の本件受傷内容及びその治療経過は当事者間に争いがなく、同人の本件後遺障害の残存及びその具体的内容は前記認定のとおりである。

当事者間に争いのない右各事実及び右認定各事実、それに本件に現われた諸般の事情を総合すると、原告の本件損害としての慰謝料は、金二〇〇〇万円と認めるのが相当である。

7  原告の本件損害の合計額

一億六三六六万〇〇八七円

七過失相殺

1  原告が平岡中学校を卒業したものであることは、当事者間に争いがなく、本件事故発生までの経緯及びその状況は、前記認定のとおりである。

2  被告が本訴において過失相殺の抗弁の主張をしていないことは、被告の本件全主張内容から明らかである。

しかしながら、不法行為における過失相殺においては、当事者から主張がなくても、訴訟に現われた資料から被害者に過失があると認める場合には、損害額を算定するに当たり職権をもってこれを斟酌することができ、過失相殺の主張あることを要しないものである(最高裁昭和四一年六月二一日第三小法廷判決民集第二〇巻第五号一〇七八頁参照。)。

3 そこで、本件においても、右見地に則り、原告の本件事故発生に対する過失(以下「原告の本件過失」という。)の存否について検討する。

(一)  〈書証番号略〉、証人遠藤洋一の証言及び弁論の全趣旨を総合すると、原告の出身中学校である平岡中学校においては、同人が在学した昭和五九年から昭和六一年までの間、文部省の指導にそって保健体育年間計画表を作成し、その中に水泳の指導も組み入れていたこと、同計画表によると、同中学校における水泳指導は、六月下旬から九月当初までの間に実施し、同指導予定時間数は、一年生一二時間、二・三年生八時間であること、そして、例年九月に水泳大会が予定されていたこと、同水泳授業の担当教師は、同授業において、文部省の指導要領にしたがって逆飛び込みの指導をし、その要領も教えていたこと、ただ逆飛び込みの指導については、生徒の個人差が極めて大きいのでできる者に対してしか指導していなかったこと、原告は、同水泳授業において、ずば抜けて実技のできる生徒でもなく、指導に手がかかる生徒でもなかったこと、遠藤教諭も、原告の授業態度から同様の印象を持っていたことが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果は、前掲各証拠と対比してにわかに信用することができず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(二)(1)  右認定各事実及び弁論の全趣旨によって認められる原告が本件事故当時高校第一学年生徒として十分な事理弁識能力を有していたことを総合すると、原告は、本件事故以前に逆飛び込みについての知識を有し、遠藤教諭が前記認定のとおり本件授業の開始に際し顎を引いて手を伸ばし手から入水するようにとの指示の趣旨目的をも十分理解し得た(現に原告が本件授業の逆飛び込みにおいて腹打ちをしたのは三回目の飛び込み時であり、それ以前の一、二回には腹打ちをしなかったことがうかがえることは、前記認定のとおりである。)というべきである。

そうすると、原告にも、本件事故直前の逆飛び込み(四回目)をするに当たっては、入水角度が大きくならないようにするなど適切な逆飛び込みを行うよう留意すべき注意義務があったというべきところ、前記認定の本件事故発生までの経緯及びその状況からすれば、原告には、本件事故発生につき同注意義務違反の過失、すなわち本件過失があったといわざるを得ない。

よって、前記見地に基づき、原告の本件損害額の算定に当たり、職権で同人の右過失を斟酌することとする。

(2) しかして、斟酌する原告の右過失割合は、前記認定にかかる本件全事実関係に基づき、全体に対し二割と認めるのが相当である。

(三)  原告の前記認定にかかる本件損害合計金一億六三六六万〇〇八七円を、右認定の過失割合で過失相殺すると、原告が被告に請求し得る損害額は、金一億三〇九二万八〇七〇円となる。

八損害の填補 金一八九〇万円

原告が本件事故後特殊法人日本体育・学校健康センターから同人の本件後遺障害に対する見舞金として金一八九〇万円の支払いを受けたことは、当事者間に争いがない。

そこで、右受領金金一八九〇万円は、本件損害の填補として、原告の前記損害金一億三〇九二万八〇七〇円からこれを控除すべきである。

右控除後の原告が被告に請求し得る本件損害は、金一億一二〇二万八〇七〇円となる。

九弁護士費用 金八〇〇万円

原告が本件訴訟の提起及びその追行を弁護士である原告訴訟代理人らに委任したことは、本件記録から明らかであるところ、本件事案の性質、審理の経過、前記請求認容額その他本件に現われた諸般の事情を考慮すると本件損害としての弁護士費用は、金八〇〇万円と認めるのが相当である。

一〇結論

以上のとおりであるから、原告は、被告に対し、本件損害合計金一億二〇〇二万八〇七〇円及びこれに対する本件事故発生日であることが当事者間に争いのない昭和六二年六月二四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める権利を有するというべきである。

よって、原告の本訴請求は、右認定の限度で理由があるから、その範囲内でこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鳥飼英助 裁判官安浪亮介 裁判官亀井宏壽)

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